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精密部品加工
花田工作所  花田文男さん (波除2、73歳)… 〈上〉
                         
高熱と高振動に耐え抜いた

ロケット部品を製作

ロケット部品の製作に使った旋盤を扱う花田さん。「失敗時のリスクを考えたら今でもゾッとするわ(笑)」

  その名は「N‐Uロケット」。米国のデルタロケットの技j術を導入して開発された3段式ロケットで、昭和56(1981)年からの6年年間に技術試験・通信・放送・気象・地球観測などの目的を持つ8機の人工衛星の打ち上げを担いました。その最後を飾って昭和62年2月19日、鹿児島県の種子島宇宙センターから海洋観測衛星「もも1号」を打ち上げたのは、その7号機でした。全長35・36b、外径2・44b、重量は135・2d(人工衛星を含まず)―。
 この人工衛星打ち上げロケットの「部品をつくった鉄工業者が港区にいたはるで」との読者の一報を受け、波除2丁目の「花田工作所」を訪ねました。
 港区のどこでも見かける小さな鉄工所。機械油が匂う古びた作業場で、経営者の花田文男さん(73)は弟の和美さん(68)と2人、旋盤やボール盤を動かしていました。
 ◆特殊な合金を使って
 花田さんによると、その仕事を受けたのは昭和62年初頭、48歳の時でした。手がけたのはロケットの「燃料噴射弁体」。つまり、発射時に噴射される燃料の流れの方向を調節・誘導する部品でした。
 提供された材料は「モネル」という金属の塊。鉄やステンレスより遥かに軽いが、チタンよりは重、超高熱や超高振動にも耐え得る特殊な合金でした。大きさは縦・横・高さがそれぞれ約30aのほぼ立方体(大きなサイコロ状)。花田さんの仕事は、その3つの面の各中央から、燃料の通り道となる直径12〜3aの穴を開け、その坑道≠中央でぴったり合流・交差させるというものでした。
 ◆事情知らされず開始
 材料に予備はありません。失敗すれば巨額(98万円)の弁償が待っています。しかも加工賃は15万円弱。「失敗時のリスクを考えたら今でもゾッとするわ。もっと仰山もろとっても良かったな」と振り返りますが、当時は「国家機密」とかで、宇宙航空研究開発機構からの注文を仲介した業者から詳しい事情は知らされず、「それが却って良かったのかも」と笑います。
ロケット部品製作当時の技術が今に生きる精密加工部品(写真はシャフト受け)

  ともあれ、工期はわずか3日。提供された設計図に基づいての加工が始まりました。ドリル、旋盤を使っての穴開けと研磨は慎重に慎重を期しました。寸法や角度の正確さだけでなく、加工面が超滑らかであることも求められたからです。
 ◆厳しい検査にも合格
 完成後の検査は厳格を極めました。寸法チェックはもちろん、他の部品との接合具合のチェック、そして加工による損傷やひび割れなどがないかを調べるカラーチェック―。そのどれにも合格し、晴れて納品できたのですが、その時初めて、この部品の使用目的や材料の金属名、そして発射時の超高熱状態や振動数(毎秒60回!)などを教えられ、手掛けた仕事の重大さに目を丸くしたそうです。(つづく)


 
 
 
 
 
 
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