リーマンショック以降の不況の長期化で地域経済は沈み込み、私たち庶民はその影響を最も深刻に受けています。そんな中、「家族のため、地域のために今頑張らな!」 と奮闘する家族を追うシリーズ。
今回は、経営難に行政からの支援も僅かという逆境の中、「銭湯の灯は消さない!」 と長時間重労働に耐え抜く市岡の丸田夫妻を訪ねました。困難の形は違っても、それに立ち向かう気構えや工夫などが参考になれば幸いです。
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「地域に必要とされる限り先代が点した銭湯の灯は消せません」
と重労働の日々を頑張る丸田夫妻 |
◆寝るのは朝の5時
市岡2丁目の銭湯 「扇温泉」 の主人・丸田外喜(そとき)さん(61)の一日は、朝10時、罐(ボイラー)に火を入れることから始まります。それから車で走り、市内の解体業者などから廃材を引き取って戻ります。
正午すぎから濾過装置を稼働させ、昼食後は開店支度をして午後3時に開店。妻の加奈里(かなり)さん(53)と交替で番台に座り、夕食を挟んで夜12時まで営業します。
この間に夏場は4回、冬場は7回ほど廃材の補充を行ないます。閉店後、加奈里さんと約1時間、湯加減やお客さんの反応などを振り返る 「反省会」 を行ないます。それから清掃を2時間。その後ようやく自分たちが入浴します。早い朝食を摂って床に就くのは4時から5時になります。
一方、加奈里さんは3時から4回ほど、各1時間〜1時間半、番台に座り、その合間に買い物などの家事。閉店後の反省会や清掃などは外喜さんと同じです。こうした毎日の長時間重労働は当然ながら体のあちこちを痛めてきました。「職業病やね」 と二人とも笑いますが、外喜さんは特に電動鋸(チェーンソー)で廃材をカットするなどの力作業から腰や首の痛み、加奈里さんも腱鞘(けんしょう)炎やヘルニアに悩まされるようになりました。
「番台で時々居眠りしてしまうんです(笑)」 と加奈里さんは申し訳なさそうですが、営業時間外の労働を考えると無理もないと思われました。
◆廃材確保にも苦労
加えて苦労するのが薪の確保。燃料は元々は重油でしたが、40年ほど前、重油の値段がどんどん上がったことなどから切り替えたそうです。
「薪で焚いた湯は軟らかく、湯冷めしない」 というのが扇温泉の自慢ですが、それを支える廃材を解体業者などから手に入れるのが、産業廃棄物への法改正などで年々難しくなっているのです。
◆客数減に追い討ち
とはいえ一番の悩みは経営です。銭湯利用者が年々減っていることに加え、@消費税納付義務が数年前から売上1千万円以上の業者に課せられるようになったこと A府からの助成金が橋下知事になって減らされたこと B高齢者割引デー(毎月1・15日、70歳以上)の割引分170円のうち市の補助は80円だけであること―などが苦境に追い討ちをかけます。
こうした中で、例えば罐は温度差によって傷みが早まるので、外喜さんは休日にも火を入れたりして少しでも長持ちするよう努めていますが、それでも10年前後で買い替えが必要になります。そうした設備投資への助成もないので、「罐が壊れたら即廃業」 というケースが後を絶たないということでした。
◆湯加減にプロの誇り
そんな苦労にも拘らず銭湯を続けてこれたのは、「ようぬくもったわ」 「やっぱり銭湯はええ」 などのお客さんの声があったからです。
湯加減はいわば銭湯業者として一番の腕の見せ所。お客さんがたくさん入ると湯が多く使われるので湯タンクの湯が減り、水が自動的に足されますが、その分温度が低くなり、薪を補充しなければなりません。重油設備の場合は火加減を自動調整してくれますが、薪の場合は手作業。絶えずお客さんの入り具合や外の気温を睨みながら 「体に一番気持ちのええ温度に」 と気を配るのです。このプロの技≠ヨの拘りと誇りこそが、厳しい中でも仕事を続けさせる原動力になってきたのです。
◆交流の懸け橋に喜び
銭湯業者ならではの喜びは他にもあります。湯上り客がのんびり脱衣場で話に花を咲かせている時、また 「これ、あの人に渡しといて」 などと番台に物を託される時、銭湯がコミュニケーションの場や交流の懸け橋になっていることが実感され、「銭湯を続けてきてほんまによかった」 と思えるそうです。
◆父の後を継いで
扇温泉のルーツは昭和29年、今の磯路にあった 「市岡温泉」 の親方の世話で外喜さんの父親が港警察署前に 「高尾温泉」 を開業したこと。父は外喜さんが小学1年の時、現在地を買い、「扇湯」 を開きました。
外喜さんは高卒時から罐焚(かまた)きなどを手伝っていましたが、平成2年には実質的に後を継ぎ、同15年に父が他界したことで、名義上でも2代目となりました。
◆後継問題も厳しく
現在、扇温泉には主湯に浅風呂、超音波風呂、寝風呂、水風呂、スチームサウナなどの設備があり、午後3時から12時まで営業。定休日は水曜です。
開店と共に近隣客が次々と訪れ、賑わう脱衣場。「近くの銭湯が廃業した分、まだたくさんの方に来てもらっていますが、見通しが厳しいことに変わりはありません」 と外喜さん。一人息子は会社員だそうですが、「今の経営状況で継いでくれとは言えませんわ(笑)」。
◆同業者と助け合って
港区にはかつて30を超えた銭湯が、今では13。そのうち燃料に専ら薪を使っているのは扇温泉だけです。が、他の店も、@重油だけ A廃油だけ B廃材で火入れしてあとは重油―などそれぞれの焚き方があり、それぞれに苦労や努力があるといいます。入浴者が年々減り続け、行政からの援助も乏しいという共通の厳しさの中、「他の店と助け合いながら、先代が点した銭湯の灯を消さずに頑張っていきたい。地域に必要とされ、体が続く限り」―二人の声に力がこもります。
◆週に一度は銭湯へ!
@大きな湯舟に浸かると出るα波は心身の健康に最高の薬 A水や火力をみんなで使うのは最高の省エネ B裸のコミュニケーションは日本ならではの文化―とは多くの学者が指摘する銭湯のメリット。「家風呂のある方も、できれば週に一度は銭湯へ来て下さいね」―最後に加奈里さんがにっこりと呼びかけました。
2011年1月15日(137号)