「♪君の行く道は希望へと続く―」(昭和41年『若者たち』)。いつの時代にも若者は世の希望であり地域の宝です。どんな暗い世相でも純粋な心とまっすぐな行動で人々を励ましてきました。今、先の見通せない平成不況の只中で、世のため地域のため、家族のため自分のために何が出来るのかを探りつつ、懸命に生きる港区の若者たちを追いました。シリーズ第2回は、「どの子にも家庭的な環境を」 「一人一人の成長を支えたい」 と児童養護施設で働く一人の青年にスポットを当てました。
朝まだ暗い5時すぎに自宅を出る古谷拓郎さん(30)。向かうのは 「海の子学園池島寮」(池島2)。保護者の病気・離婚など様々な家庭事情で養育が難しくなった2〜18歳の子どもたちが暮らす児童養護施設です。古谷さんはここで 「保育士」 として働いており、この日は交代勤務の 「A勤」 なのです。
◆時間の生活支援
5時50分に出勤した古谷さんは、夜勤者との引き継ぎを終えると6時に子どもたちを起こし、近くの池島公園に集合。一緒に約1.7キロをマラソン。7時半から朝食。8時過ぎに子どもたちは登校します。その後は寮内の掃除や事務仕事に従事し、午後2時に 「B勤」 者に引き継ぎます。
一方、「B勤」 の時は午後2時に出勤し、下校した子どもたちの宿題を見たり一緒に遊んだりします。部活動の中学生を除いて門限は5時半。6時から食堂で一緒に夕食。そのあと子どもたちは入浴し、自由時間を過ごした後、9時には各自の部屋に戻ります。その後、古谷さんは一日の報告事務や片付けなどをして10時に退出します。
さらに 「BC勤」 もあり、これは 「B勤」 のあとも一人で残り、書類の整理、幼児の夜泣きへの対応などをしながら深夜から明け方まで過ごし、朝6時に 「A勤」 者に引き継ぎます。この間、ほとんど仮眠はしません。
このような勤務をする保育士・児童指導員が池島寮には11名在籍し、施設長を中心に、事務員1名、栄養士3名、調理員1名と力を合わせ、「どの子にも家庭の味を」 と24時間体制で子どもたち約30人の生活を支えているのです。
◆周囲の影響で福祉へ
古谷さんは高校を卒業して福祉専門学校に2年間通い、卒業後に保育士の国家試験に合格。平成14年4月からこの池島寮で働き、10年になります。医療勤務の父母が夜勤などのため交替で自分を看たり、預けられた近所の家で食事したり、「とにかく周囲が協力して自分に関わってくれる姿」 を見て育ったことが福祉の道へ進む大きな力になったそうです。
◆個人でなくチーム
そうして就いた保育士の仕事ですが、それぞれに問題を抱えた子と起居を共にする生活の中では当然、色々な問題にぶつかります。騒いだり、反抗したり、事件を起こしたり。そのほとんどは 「原因が分かるので対応もできる」 そうですが、「なぜ未然に防げなかったのか」 と力不足を感じる時もあります。
そんな時は個人ではなく職場の問題として捉(とら)え、チームとして原因と対策を考え合います。原因と思われる離婚や虐待なども、「貧困など社会的な背景から生まれる問題」 として捉え、親の立場も考えながら解決をめざします。
◆身近に変化見る喜び
その一方で嬉しいのは 「子どもたちの成長」 です。ほとんど喋らなかった子が急にしっかり喋るようになったり、何も考えていないように見えた子が仕事の夢を語ったり、と思えばそれらが逆に後退したり―。そんな変化を日々身近に見られるのがこの仕事の一番の喜びだといいます。
また、家庭問題が解決した子が保護者の元へ復帰する時は寂しい反面、「貢献出来てよかった」 と満足感が込み上げ、在園中何かとトラブルのあった子が卒園して成長した姿を見せてくれた時の感慨は言葉に出来ないほどだといいます。
◆不十分な国の支援
そんな子どもたちとの悲喜こもごもはまた現代社会の反映でもあり、個人や職場だけで解決できない厳しい現実も見えてきます。
例えば、施設から高校を卒業しても親の援助が望めないので大学へ進めず、やむなく就職する子がほとんどですが、精神的自立が伴わず、半数は最初の仕事を一旦辞めるといいます。これは生活を共にしてきた者として非常に辛(つら)く、「希望すれば大学へ行けるだけの支援を国はするべき」 と古谷さんは思っています。
この他、@職員の配置基準が1978年から変わっていないため一人一人への対応や膨大な事務仕事をこなしきれない A施設への財政支援が不充分なため職員が家庭を維持できない―などの問題もあり、国や市に改善を求め続けています。
◆職場のリーダーとして
そんな古谷さんについて池島寮で30年働いてきた大野洋施設長はこう語ります。
「両親の影響で、あるべき家庭像と労働者的資質を身に付けたことが彼の一番の強み。これは子どもたちに家庭の姿を取り戻してやりたいという情熱や、誇りを持って仕事に取り組む姿勢に繋(つな)がっています。今後もこの姿勢を貫くと共に、子どもや親の問題を社会的視点で捉え、職場で組織的に取り組んでいくリーダーとして成長してほしい。彼は既にこういう視点を備えていますが、さらに深め、今後訪れるであろう “壁” を乗り越えてほしい」。
◆施設の未来像もって
そんな期待の中、古谷さんは昨年、防災士の資格を取得しました。元々防火管理者でしたが、子ども達の安全のため勤務の合間を縫って研修に参加したのです。 そんな仕事への情熱はさらに施設の未来像へと繋がります。「子どもたちがより家庭的な環境で過ごせるため、今の施設を維持したまま子どもを数人ごとのグループに分けるのはどうでしょう。そんな在り方を皆で考えていけたら嬉しい」 と目を輝かせる古谷さん。その若さと純粋さ、何より児童福祉への情熱で、世のため子どものためにますます輝き続けてほしい―そう願わずにおれません。
2011年9月15日(145号)